アーヤと魔女の感想。何がこれまでのジブリから解き放たれているか

映画

アーヤと魔女を見る前の不安、鑑賞後の爽快感

この映画は、賛否両論の宮崎吾郎氏が監督しており、不安を抱くかたも多いと思います。

私はもともと『コクリコ坂から』のファンですが、『ゲド戦記』には裏切られ、『山賊の娘ローニャ』も一話で挫折してしまった人間なので、

「さて、今回の吾郎氏や、いかに…」と期待と不安の狭間でドキドキしながら鑑賞しはじめまた口です。

けれども、結論から言ってその不安は不要でした!全く!

ジブリ史上初のCG作品であるから、宮崎駿のイメージを払拭できたと言えるのも確かでしょうし、それを駿氏自身がインタビューで指摘もしていました。

しかし、それだけでなく、アーヤという少女のキャラクターがジブリの正当なヒロイン像からかけ離れているところもポイントだと思います!

孤児院で暮らすアーヤは、計算高くしたたかで、裏表があり、一見すると大人を手玉にとるいけ好かない少女です。

ですが、彼女は決していじわるなのでもなく、卑怯なのでもなく、そのしたたかさをただ自分が快適に生きるために利用している。

回りの大人も手玉にとられながらも、みんなが幸福になり、アーヤの手下のような友人も決して弱い立場ではない。

そのアーヤのしたたかにも関わらず、世界を明るくしていく生き方が心を晴れ晴れとさせてくれます!

声優が俳優であることの是非

基本的に私は、プロの声優を使うか否かに対して、それほど主張を持っていません。

ですので、今回の寺島しのぶや豊川悦司の声や話しぶりに、何も疑問は持ちませんでした。

ただ、どうしてもプロの声優推しの方たちからすれば、今回のアーヤはさらに爆弾を抱えているかもしれません。

というのも、アーヤの母を担当する方が、インドネシア人であり、かなり拙い話し方をされるからです。

彼女は映画のテーマソングを担っているシンガーの方で、ゲドやコクリコの時のように、手島葵が声優にチャレンジするといった事例も思い出されます。

こういう宣伝向けの方針に満足のいかない方が多数いるであろうことは、想像に難くありません。

とはいえ、個人的には、その風変りとも言える話し方が、この映画の味をさらに深いものしているように思います。

『風立ちぬ」の主人公役であった庵野監督にも肯定的な方には、また面白い作品が誕生したと言えるのではないでしょうか。

アーヤと魔女の欠点をあげるとしたら…

強いて欠点をあげるとすると、それは序盤の店舗にあるかもしれません。

アーヤやその他の孤児たちが、院長の出張を狙って、夜中にお化けパーティを繰り広げますが、
このシーンがやたらだらだらとして長い!

夜中抜け出して悪いことをしたアーヤが、巧妙な言い訳で院長を丸め込むという、主人公の性格を説明する部分となるとはいえ、これは、技が不足しています。

このかったるさが残念!

鈴木敏夫氏が『魔女の宅急便』についてのインタビューで話していたことを思出しますが、キキの旅立ち、その理由、新しい冒険のはじまりをあっという間に描き切った駿氏の力量には、やはりまだ及ばないようです。

映画の冒頭で退屈させる気配をみせず、ぐっと観客を引き込むことができれば、アーヤも満点と言えたのではないでしょうか。

アーヤと魔女の音楽と締めによる疾走感!

インドネシアの方が歌う、70年代のイギリス風ロックは、予告などでも耳にしていると思います。

映画のイメージはまさに、この音楽のように疾走感にあふれています。(前述のだらだらを除き)
そして、この映画のしめくくりがまた味がある!悪く言ってしまえば「ぶつ切り」なんですが、
もう細かいことは説明しない、アーヤの気持ちの良い性格、今後の生き方はこの切り方でも伝わるでしょ!

スパっと終わらせて、あなたも彼女のように生きようね!と言われているようなそんな風が走り抜ける感じがしました。

鑑賞後は、本当に青空のもとにいるような、晴れ晴れとした気持ちになります。オススメです!

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